「関係性」~ささやかな日常~

 日頃当たり前に交わされていた入居者Aさんとの挨拶の言葉に疑問を感じた。

 以前までは(いつ頃までだったかさだかではないが…)、「おはようございます」と交わしていた挨拶が、いつの間にか「グッドモーニング」にかわっていたからだ。

 これは、職員から発されるようになったのではなく、知らず知らずの間に入居者Aさんから発されるようになっていたのですが、「知らず知らずの間」というのは、僕達の仕事に対する怠慢かも知れない。だって「おはようございます」から「グッドモーニング」というのは、誰がどう聞いても明らかな入居者Aさんの変化であるのに、いつからかなのかは僕自身、不明確な認識であったからだ。

 よく新人職員が入社したときには「おはようございます」だった挨拶が、半年くらい経つと「おはよう」となっていることがある。このとき、「どうして?」と尋ねると多くは、「関係性が築けてきたので」と言うが、一体誰が、何をもって「関係性を築けた」かを確認すると、自分の主観でその関係性に根拠はないことがある。つまり、入居者が「あんたとは関係性が築けたから挨拶は「おはよう」にしよう」と言われた訳では無いということである。

 また介護保険法の「尊厳の保持」と標された文言を追求していくと、僕達から発される「おはよう」はいかがなものだろうかとも思う。例えば学生時代にお世話になった恩師と、卒業後の交流を通じて関係性が深まったとしても、僕らはその恩師への挨拶に「おはよう」とは言わないのに、高齢者への「おはよう」は…。

 そんなことを考えながらも、このAさんの言動について色々考え、調べてみると、どの職員に対しても「グッドモーニング」ではなく、他フロアの職員など馴染みの薄い職員の方には今でも「おはようございます」であることがわかった。

 特にAさんに特別なことをしてきた訳ではないが、毎日顔を合わせて、挨拶を交わし、天気のことやら何気ない会話の中でAさん自身がそんな当たり前のささやかな日常から、日々接する職員との関わりに「グッドモーニング」という言葉を用いて、より良い関係を構築しようとしているのかも知れないと感じるようにもなった。そうした時間は僕達にとっては、特別なこととして捉えていなかった事も、入居者にとっては大切な大切な一場面であり、それを感じているからこそ馴染み深い職員へは「グッドモーニング」と明るく関わりを創り出してくれているのかも知れない。

 僕達からみたときのごく当たり前の関わりは、そんな一場面をどこまで重要視しして関わってきただろうか。入居者Aさんの「グッドモーニング」の挨拶に、僕達はどう応じていくべきかは、未だ葛藤中ではあるが、専門職としてそんな些細な日常や、些細な言葉を追求していきたい。

 本来、僕達が入居者の方々に元気を提供しなくてはならないのですが、毎朝この入居者Aさんの「グッドモーニング」の挨拶に、元気を頂いていることに感謝します。ありがとう御座います。

村上 晃史